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拉孟・騰越の戦い


ストリートビューが通ってないので、代わりに一番近い南澗イ族自治県を表示しています。
Made in China のストリートビューを利用しています(中国ではGoogleストリートビューが許可されていないため)。かなり重く、すぐには表示されないようです。画面が真っ白の場合、再読み込みすると表示されます(される場合もあります)。なおタブレットやスマホでは見れません。見たい方は、専用のソフトをダウンロードする必要があるようです。専用ソフトはこちら

 

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援蒋ルート
援蒋ルート

大東亜戦争末期の1944年6月から9月までの4ヶ月間にわたり、中国雲南省とミャンマー国境付近の拉孟・騰越(らもう・とうえつ)で日本軍と中国・アメリカ連合軍との間で戦われた戦闘。駐屯していた日本軍はもともと援蒋ルート遮断を目的に派兵された小規模な部隊で、連合軍の支援を受けた中国軍の猛攻によって戦力の劣る日本軍はしだいに追いつめられる。やがて補強路を断たれた日本軍部隊は、撤退命令も出ず、救援部隊も送られない中、最終的に玉砕することとなった。

拉孟は、現在の中国雲南省保山市竜陵県、騰越は同騰衝県。

NHKアーカイブス『[証言記録 兵士たちの戦争]中国雲南 玉砕・来なかった援軍 ~福岡県・陸軍第56師団~』
拉孟・騰越の戦いを生き残ったもと兵士らの証言をもとに再構成したドキュメンタリー。

【関連史跡】
福岡県陸軍墓地内に、拉孟雲南地区(ビルマ)戦没者之墓がある。
住所:福岡市中央区六本松1-2-22福岡県社会福祉センター5F

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