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河原操子とカラチン王府

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日露戦争前夜の1903年、日本人女教師・河原操子がロシア軍の動向を探る目的で赴任した蒙古王族カラチン王の王宮跡。カラチン王自身は親日派ではあるものの、臣下のなかには親露派も大勢いたこともあり、万一のことを覚悟した彼女は常時、短刀を肌身離さず携帯していたという。また横川省三、沖禎介、脇光三ら特別任務班の一行が、破壊工作のため北満州へと向かう途中、ひそかに立ち寄り情報交換を行った場所としても知られる。満州国時代は、横川、沖ら6烈士を祀った記念碑がここの北山に建てられていた。王宮跡は、現在のカラチンの南東、 車でおよそ20分のところにあり、今は小学校になっている(現在は歴史博物館になっているようです)。

河原操子
河原操子

 

カラチン王府跡
カラチン王府跡
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