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井上日召ゆかりの護国寺

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1932年、前蔵相の井上準之助と三井理事長団琢磨が射殺された血盟団事件。これは日蓮宗系の僧侶であった井上日召率いる右翼結社・血盟団によってひきおこされたテロ事件だった。昭和恐慌による農村の疲弊をみた井上は、「一人一殺」という過激なスローガンをかかげ血盟団を結成し、テロによる国家改造をめざしたのである。 もちろんそのような身勝手かつ狂信的な行動はけして許されるべきではない。だが、結果として、疲弊する農村に対する大胆な救済策が実行に移されたこと、また同族の経営からの引退や株式公開、社会事業への寄付といったいわゆる財閥の転向がもたらされたことは特筆に価する。 この血盟団の拠点となったのが、茨城県大洗海岸にあった立正護国堂である。同堂は現在、東光山護国寺という日蓮宗の寺院となっており、境内には井上日召の銅像と昭和維新烈士の墓がある。なお、のちに日本赤軍のリーダーとなる重信房子の父親は血盟団員であり、赤ん坊だった房子は井上の膝に抱かれたことがあるという。

井上日召
井上日召ゆかりの護国寺の探訪記

東京紅團ー昭和史を歩く
昭和初期から終戦まで、歴史の痕跡を巡るというサイトで、このページでは515事件の前触れとなった井上日召ゆかりの場所などを紹介しています。

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